結果とは何か?
かなり期間があいてしまいました。
現在、司法試験に向けて勉強をしています。法科大学院は卒業していないので、予備試験経由になります。
司法試験を受ける以上、結果(=合格)を出すことは大事です。
ところで、結果を出すことはなぜ大事なのでしょうか?
思考します。
(そんなこと考えずに勉強しろよと、思います。しかし、合格に必要なさそうな無駄な思考をせずにはいられない。それが私なのです。このあたり、業が深いなぁと思います。)
・対義及び類推から考える
結果とは何か?
国語辞典には、
結果
ある物事・行為から生じた状態
とあります。
ところで、何かを考える際、「○○ではない」を考えることが有効と言われます。
では、結果の対義語はなにか。
原因
ある物事や状態をひき起こすもと
とあります。
分かりそうな分からないような、もう少し、関連性のある言葉から考えていきます。
過程
物事の、進行・変化していく途中の段階
対義語はいくつか候補がありそうですが、結末はどうでしょうか。
結末
物事の終わり。最終的な結果
こちらが対義語として一番しっくりきます。
図示します。
このように見比べますと、過程‐結末は、段階に着目した言葉で、
原因‐結果は、因果に着目した言葉であると言えそうです。
ここで簡単に、因果とはなにか検討しておきます。
(こちらの詳細は現在執筆しています)
因果
(仏教で)すべての行為は後の運命を決定するということ
とあります。
そして、
運命
人の意思にかかわらず、身にめぐってくる吉凶禍福
抽象概念だけで思考を進めていくとわかりづらくなってきましたので、今回はこのあたりでとどめておきます。
これらの話から、具体例を考えます。
因果や論理を考える際よく挙がる例、『風が吹けば、桶屋が儲かる』で考えます。
・『風が吹けば、桶屋が儲かる』
風が吹けば、
大風で土ぼこりが立つ
土ぼこりが目に入って、盲人が増える
盲人は三味線を買う(当時の盲人が就ける職に由来)
三味線に使う猫皮が必要になり、ネコが殺される
ネコが減ればネズミが増える
ネズミは桶をかじる
桶の需要が増え、
桶屋が儲かる
いかがでしょうか。知っているよという方も、詳細を初めてみた方もいらっしゃると思います。しかしどなたもなにかの引っ掛かりはあるのではないでしょうか。
ここで抱く違和感は、例えばこんな感じでしょうか。
「風が吹いたからって必ずしも桶屋が儲かるという結末にはならないのではないか」
「桶屋が儲かった原因は風が吹いたなのだろうか」
その違和感をひも解くキーが、論理距離という概念です。
・因果関係と論理距離
確かに、風が吹いたからこそ、桶屋が儲かるという結末になった。
一応の因果関係は肯定されます。
しかし、あまりにも論理距離が遠いのです。
どんなに論理距離が遠くても因果関係を肯定するのであれば、桶屋の主人の母親が、その桶屋を生んだことも、桶屋が儲かった原因になります。
余談になりますが、論理距離の話は、
法律の世界では刑法における因果関係論で特に議論がなされます。
例えば、
男Aが、男Bを殺そうとして銃で撃った。
しかし、銃弾は男Bの小指にかすっただけで、とても死に至るようなケガではなかった。
ところが、男Bは念のため病院に行くといった。
そうして男Bが病院に行ったところ、その病院で大火があり、男Bが死んだ。
このような場合に
男Aが、男Bを殺そうとして(=殺人の故意あり)銃で撃った結果、男Bが死んだといえるか。
つまり、男Aの銃で撃ったという行為(=実行行為)と、男Bの死亡(=結果)の間に因果関係があるといえるか。
が問題となります。
法律の世界では、
条件説、相当因果関係説、因果関係と介在事情などの理論を使って因果関係の問題を処理します。
話を戻します。
原因と結果の距離があまりにも遠すぎるという、論理距離の話をしました。
・単純系と複雑系、社会現象
これに加えて、単純系と複雑系の概念も、因果関係を考える上で、キーになります。
単純系とは、
原因と結果が1本の線で結ばれるような世界です。
一方、複雑系は、
1つの結果に様々な原因があり、またそれらの原因も様々な結果に結びついてるような世界です。
1998年フランス大会で、日本代表を史上初のサッカーワールドカップ出場に導き、2010年には、南アフリカ大会で、日本代表をベスト16に導いた岡田武史さんは、
サッカーを複雑系と捉え、勝利という結果のために、様々な取り組み(=行為、原因)を実施することで知られています。
ビジネスシーンにおいても、複雑系で捉えるマーケティングがよく取り上げられています。
さらに1つの概念として、自然現象と社会現象という分け方も紹介させてください。
単純に分けられるものではありませんが、
人と人によってつくられる集団である社会は、複雑系で捉えられることが多いです。
私たちが暮らす社会は複雑系であり、その論理距離も近いもの遠いもの様々あります。
そうすると、結果が大事だというが、なにが原因で何がその結果なのか判断は難しいと言えそうです。
・結末として捉える
一方、思考の途中で出てきた、過程と結末の方は、幾分捉えやすそうです。
段階の判断については、桶屋の立場から考えると、
桶屋が儲かったことが結末であり、そこまでを過程と捉えることが最も自然です。
また、
よく世間で言われる
「結果を出す」
「結果が大事」
というセリフですが、
ここで言われている「結果」とは、「結末」のことではないかと思うのです。
(結果でありかつ結末でもある場合も多いです)
具体例で考えます。
結果が大事だと言われそうなシーンを考えます。
・売上を上げる
・サッカーの試合で勝つ
どちらも、因果に焦点を当て、原因‐結果関係で捉えると、結果と言えそうです。
一方で、段階に焦点を当て、過程‐結末の関係で捉えると、結末と言えそうです。
そして、
売上を上げろ!と言っている人は、因果を重視しているのか、段階を重視しているのかというと、
段階として最終的に売り上げを上げろということだろうと想像します。
サッカーでも、勝つことが大事ですというときには、「内容はともかく結果が」というように、
段階に焦点が当たっています(言葉自体はkekkaと発音されていますが)。
そこで、結果とは何か?という問いに対して、「結末(=物事の終わり)である」と一旦の結論を下します。
そして、続く思考では、なぜ結末は大事なのか?と問いを立て進めていきます。
長文にお付き合いいただきありがとうございます。